最近のこと(ほぼ上田麗奈『Empathy』について)

 リモートワークになって2か月位経ちました。満員電車とコロナウイルスの罹患リスクの低減できてうれしいです。仕事とプライベートの時間がシームレスになって、気持ちの切り替えが少し難しく、まだ慣れません。ほとんど歩かないのでお腹が出てきました。

 

 心理的な変化があったのか分かりませんが、最近は過去に読んだバタイユの本を読み返しています。私の読書習慣の中では読み返すということは稀なのですが、物事をすぐ忘れるので新鮮な気持ちで読めています。読み返すきっかけは、もともと積読だったシュリヤ『G・バタイユ伝』の上下巻を持っており、上巻を読んでいたら初期の著作を読み返したいと思うようになり、『太陽肛門』『眼球譚』『ドキュマン』『空の青み』を流し読みしました。上巻を読み終わってからは酒井健バタイユ入門』を読み返し、今は湯浅博雄バタイユ』を読み返しています。私がなぜバタイユを好きなのかは自分でもよく分かりませんが、私が私であるということの不確かさとか、月並みですが善く生きなくちゃという意識とか、自分の中でふと心の中に浮かぶ不道徳的な情動とか、そういうことが書かれていて(哲学というのはそういうことが書かれているものなのかもしれませんけど、私にはたまたまバタイユだったという話だとは思います)いいなと思うのと、『眼球譚』を読むたびに勃起するので、好きだなあと思えます。生田耕作訳の『眼球譚』は本当に良いのでお勧めです、勃起してください。

 

 音楽はというと、3/18に発売された上田麗奈『Empathy』を発売後1週間くらいヘビロテしてました。『RefRain』の作りも同様だと思っているのですが、日常のフラストレーションから、夢の世界に行き、その中で内面(楽しいことや辛いこととかエゴイスティックな自分とか)を見つめ直したり、他者との関わり合いの中で、新しい気持ちで日常の中へ戻っていく、そういうコンセプトがあると感じさせる詞の世界だなあと思います。

 『RefRain』と『Empathy』の違いは、まず曲数のボリュームが違うことで、より様々な思いや葛藤、重たい気持ちを超えて最後の曲に向かっていく様が、歌われてきたいろんな自分は否定されるものではなく、その全てが愛おしいもので、優しく包み込む眼差しのようなラストにゾクゾクッと鳥肌が立ちました、凄かった。凄かったよね?ラスト。安らかな気持ちになる、癒される。これはアルバムを通じたメンタルケア、自己治癒していく物語なのではないかと思わずにはいられない。やばい。

 歌唱も『RefRain』とはより良い方向に印象がありました。『Empathy』の方がより自然な声の印象を受けるんですよね。声を作っているということを感じさせない、でもそれでいて、各曲の歌声がキャラ立ちしていて、かつ、上田麗奈として一貫性を持っていると感じさせます。やばい。

 

 特に声優が歌う作品としての魅力は「いつか、また。」に表れていると私は思います。

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言ってしまうけれど、SSSS.GRIDMANの新条アカネを思い出さずにはいられない歌詞。エゴイスティック、拘束癖、独善的、それでいて、人一倍孤独を感じていて、寂しがりで、不器用で、面倒くさいやつ。嗚呼!好き!

 そういうドロッとして他人を引きずり込みたい弱弱しい主人公が、他者という世界、自分の外の世界に出会い変わっていくのが、たった、たった3分30秒で起こってしまう。でも、その変化は軽薄ではなくて、曲想の変化、歌詞の変化、声の変化が必然をもって行われていて、最後のカタルシスに行きついたところで感動して涙が出た、変われてよかったな上田麗奈...「いつか、また。」って言えるようになってよかったな...ってなる。なった。やばい。

 歌い方として派手なところは「あれ?おかしいな 涙が止まらない」からの独白的なところだと思うのですが、曲の変化はこの前からちゃんと起きていて「パタリと止んだセミの鳴き声で」ところからコード進行とメロディの変化、ギターのバッキングから曲としての緊張感はひとつレベルが上がっているからこそ、「あれ?おかしいな 涙が止まらない」のグッと演奏の抑制感が際立つようになっていて、上田麗奈の震え声が、もうっ!最高なんですよね。やばい。

 

 「いつか、また。」はそういう意味で、一回どん底に落ちるのですが(そのあとに浮上していくけれど「aquarium」で浮いては沈んでもがき苦しむターンが来ていると思います)「いつか、また。」の前の曲、「ティーカップ」という、この曲きっかけに意識が深いところに潜っている、とてもトリップ感がある楽曲が凄い。

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 恐らくむちゃくちゃ細かく設定したであろうドラムパターン、このドラムパターンとブラスセクションが始まったときに、この曲で上田麗奈はラップでもかましてくるのか?と思いました。というのも、私はこの曲のビートに似たものとして、ロバート・グラスパーが参加しているaugust greeneのblack kennedyみたいな引っかかりがあるビートだなあと感じたからです。こういうやつです。上田麗奈の曲のyoutubeでなく、august greeneを貼ってすいません、聞きたい人は自分で聞いてください。black kennedyとか、ここに貼られてなかったら一生聞かないはずだから、本当にビートだけでいいから、あっ確かにこのリズムキモイって思ったら停止していいから。CD音源だとキモイけど、ライブだとオンテンポです。

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 このようなリズムのフックに加えて、メロディがFとF♯を行ったり来たりすることで緊張感や不安定感を覚えさせるような作りになっていたり、歌い方自体も結構ピッチはゆるく不安定なことをさせることで、リズムとメロディ両方で酩酊感を出していて、いやね、本当に歌詞とトラックと歌い方が、ここまでバシッと決まっているアルバムはなかなかないと思いますよ、本当にやばいんですよ。

 で、「ティーカップ」っていうのは先に述べたように、意識の深いところに潜っていくんだけれど、意識の深いところに潜っていくきっかけとして「あまい夢」っていう夢を題材にして意識の中に落ちていくっていう演出、その次にインタールードとしてその名もずばり「falling」っていうのがあって、よくできる。よくできてるんだよ、本当に。やばい。

 

 で、さっき言った「aquarium」なんですけど、拍子がやばい。

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イントロから5拍子。Aメロもそのまま5拍子でいく。5拍子って聞きなれないからそれだけで緊張感があるのだけれど、4拍子や3拍子にはない歌い回しを聞いていると、聞きなれない不自然さが出てきて、息苦しさ、あっ、すぐ次のメロディが始まっちゃう!酸素が足りない!みたいな気持ちにさせてくれます。そういう効果があると思います。Bメロというかサビへのブリッジみたいなところで2拍子(6/8拍子)で5拍子の緊張感が少しほぐれて、サビで4拍子になってメロディが大きなフレーズになって伸びやかになって、水中から水面に向かって手を伸ばすような景色が浮かんできます、実際、歌詞にも「水面の向こうに 焦がれているのよ」「手を伸ばす」とありますね、だからね、本当に楽曲と歌詞と歌声がリンクしてるんですよ、凄くないですか?やばい。でも、その手は届かずに5拍子に戻って、Aメロ再び、みたいな作りになっています。最後は4拍子で「(深く)青く(響く)澄んだ空高く(行こう)行こう(次の)私へ」と昇っていく感じで終わります。やばい。

 この後の曲は、静謐な空間を演出しているピアノと歌声のみのね、昇って行って、月の世界で私とピアノだけ、みたいな「旋律の糸」に続いていくんですけれども。うまく言えないんだけど、生きてる世界の外にいるというか、そういう現(うつつ)、現世と隔絶された浮世というか、超然とした視点というか、特殊な空間、そういう光景が目に浮かぶ。やばい。

 

 アルバムの最後は「Walk on your side」っていう曲なんですけど、作曲が田中秀和さんなんですよね。

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もうこの名前を出しただけで何かを言ってしまったかのような気持ちになってしまわなくもないというか、それだけ強い単語になってしまったと思うんですけれど。この曲には「あなた」という二人称が出てくるんですけれど、このアルバムは自分の気持ちと上田麗奈が演じてきたキャラクターの間での「Empathy」ということもあって、「あなた」は恐らく今まで歌ってきた自分のことでもあると思うんですよね、私は。

 アルバムを通じて様々な自分と出会ってきて、その自分に向けて語りかけている、うつむいてる自分に対して「「少し歩いてみようよ?」」と声をかけること、過去の自分の視界には入っていたけれど気づくことができていなかったことを、今の自分はその尊さを知っていて、些細なことかもしれないけれど、そういう小さなことを「きっかけ」に変えることで、「笑顔」になることができることを知っている、だから時に弱い自分が顔をのぞかせることもあるけれど、そんな自分と一緒に寄り添い歩いて行こう。

 1曲目のアイオライトで「走り続けてさ ああもうなにやってるんだろ」と言っている自分に対してのアンサーとして最後の曲で「小さな一歩を重ねよう つまづいたっていいから」と語りかける上田麗奈。アルバム通した物語の説得力が凄い。やばい。

 特に好きな歌い回しがね、サビの後ろについてるCメロみたいなところの2:10あたりの「送ってあげたい」っていう難しいキレッキレのメロディと、2:50あたりの2回目の「きっかけはきっとそんなこと」っていうメロディがむちゃくちゃ好きで、短いフレーズの中で上がり下がりが激しいメロディでクセがあると思うんだけれど、この最後に上がりきって終わるところに、幸せが、笑顔がこぼれてきて止まらないという多幸感をおぼえるもので、田中秀和ってこういう、ポジティブな気持ち、明るい気持ち、幸せな気持ちが満ち満ちて溢れてきちゃう!みたいなのを表現するのが上手くて凄いよ。やばい。

 

 マジでやばいから、もしも、この日記を、うわー、うるさい、このオタクって思って、一気に最後まで飛ばした人は、ある意味正解かもしれなくて、とりあえず女性ボーカルのポップスが好きなら上田麗奈『Empathy』を聞いて欲しくて、「あまい夢」のリンクは以下。もうほんと聞いてくれ。タイトルにふさわしいあまさがある曲です。

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 では、ごきげんよう