11/28「あのバンド」2

原作を読んでおらず、今出ているアニメ放映分のみでのぼんやりしたことを思ったのでここに書いておこうと思います。

 

「あのバンド」という曲で歌われているのは「ある」バンドの曲をどのように自分が受け止めているか、また他人の受け止め方と自分のギャップ、そういう自意識の歌詞だと思います。でも、じゃあ、後藤ひとりにとってバンドって一体何だ?という話ですが、これは1話で出てきたように「バンドは陰キャでも輝ける」存在のはずです。余談ですが1話を見直したらTV番組のバンドのイントロがハーモニクスで始まっていて、知ってか知らずかそういうパターンが頭の中に染み込んでいて、「あのバンド」のギターソロの始まり方があれだったのかもしれません。

だから、後藤ひとりがバンドのことを歌うとき、バンドのことを悪く言うのってちょっと私は違和感があったんですけど、よく読んでみたら自分の感受性が周囲とズレててしんどいみたいな感じでした。だから、少なくとも後藤ひとりにとってバンドは陰キャでもか輝ける存在っていう一面的な思いではないのだなと感じました。売れ線バンドを大量にカバーしてきた後藤ひとりがどういう思いで弾いてきたのかなということを考えさせられますね。

売れ線のバンドが自分のことを笑っているように感じてしまう。その曲を前に歩みを止めてしまう自分をファンが後ろから押してくる居心地の悪さ、そんな音楽にコミットさせようとして私の気持ちを殺す気なのか?ってのはなんか分かるなーって思いました。そういう意味では、今、売れてるバンドと言っても、トレンドの中に米津玄師のようなボカロPあがりがセンターにいるのが当たり前になったり、MONACANHKドラマの音楽を担当するようになったりと、居心地が良い音楽シーンも探せばあるという感じで悪くないなって思います。

私だって歌に救われたこともある。それを差し引いても、あのバンドのあの曲が誰かにとってのお守りであったとしても、自分にとっては苦痛で、そう感じる自分が間違いだとするのならば、もう他人なんていらない、私に触れるなっていう繊細さ。そんな人間が、自分の孤独を受け止めて、私以外の音を拒絶して、そんな世界で生きていく決意をする歌詞。

だから、漠然となんだけどライブに来てくれた2人は多分歌詞には共感するのかなと言ったら疑問なんだけど、弾き語りで足を止めてライブチケットを買ってくれるような人だから、何よりもライブハウスが好きな人たちだと思うので、無問題です。

こういうのは恐らくバンドを始める前から書き溜めてた言葉(それこそ歌詞ノートがあるわけですが)を大事につぎはぎしながら作ったんだろうなあって思います。だから、これから先、書き溜めていく言葉って変わっていくんだろうなあって思います。

 

結束バンドって歌詞先なんだよな。(ギターと孤独と青い惑星)

 

演奏と歌詞ってある意味では重要でありながら、そこを分けて楽しむことも許されるものではあるのですが、多分、ぼっち・ざ・ろっく!は演奏シーンが強烈すぎるのと、歌詞の世界観をまったり味わうことができるのは後藤ひとりの弾き語りシーンで、ガチなやつはあんまり気にされてないかもしれないけれど。

 

青春コンプレックスの歌詞なんかは、そういう根暗な自分ではあるんだけど、愛が欲しかったって素直に言えているあたり、ぼっち後期(バンド結成後)の作詞だと思います。

 

あと凄くどうでもいいけど、どうやったらバンドらしくなるかっていう伊地知の提案にため息をつく山田とか、キターンってなる喜多と承認欲求モンスターにしてこじらせ人間の後藤と、不協和音がしてるのが良い。

 

そういうわけで、ぼっち・ざ・ろっく!の歌詞をぜひ読んで見て欲しいです。社会との距離感とか、孤独感とか、根暗っぽさとか、それゆえの必死さなんかが結構丁寧に書かれていて、私は好きです。

 

では、ごきげんよう