2024年読んで面白かった本、いくつか紹介。

 2024年は半年ほど休職(時間給で短時間労働)していたので、ここ5年くらいの間で一番本を読みました。およそ90冊ほど、漫画はこのうち10冊ほどです。で、そんな中から、面白かった本をいくつかピックアップしていきたいと思います。

 

 ハン・ガン『菜食主義者

 今年のノーベル文学賞を受賞した作家なので、知名度が一気に上がった気がします。私自身、そのうち読もうくらいの感じでいたのですが、ノーベル文学賞を受賞したということもあって急いで読み始めました。ノーベル文学賞以前に既に様々な文学賞を受賞されており、小説が好きな人、韓国の文化に関心がある人であれば、既に知っている程度には有名な作家ではありました。

 ハン・ガンという作家は、現代を生きる人々が生活の中で感じる、声にならない、取り上げられないような個人的な経験としての、辛さ、痛み、悲しみといった題材を毎回取りながら、作品ごとに異なる小説の構成を取るという、技巧的な作家でありながら、複数の作品を読んでいくと、作家の作品のテーマに通底しているものを感じることができるという、とてもユニークな作家だと感じます。

 そして、基本的には私的な、もしくは、地域的な(韓国、朝鮮というものに自覚的、という意味で)作品でありながら、国家という枠組みを超えて共感をおぼえさせる作品群になっていて、私がこんなことを言っても説得力が皆無ですが、受賞すべき人が受賞したのではないかという気持ちになります。

 この『菜食主義者』というのは、ある日突然、既婚者の女性が肉を食べなくなる、菜食主義者になるということをきっかけに、彼女を中心に日常生活が瓦解していく様を描いているのですが、シュルレアリスティックな突拍子もない設定でありながら、描かれているのは日常生活というもので、説明がしづらいのですが、日常生活、常識といったものとのズレ、それに伴う苦痛というものが、グロテスクに描かれていて非常に面白かったです。小説書くのうめ~~~ってなりました。しかも、別の作品では、全然別の手法で小説を書くので、すげ~~~ってなりました。

 

 

 北川忠彦世阿弥

 世阿弥の生涯と彼の能作品について解説している本。私個人としてこの本を読んで印象に残っているのは、能というひとつの芸能を美の世界にまで昇華するために生きた人であり、時の人となりながらも、将軍に代替わりによって寵愛が自分とは異なるスタイルのものが幕府の保護下に入っても、世阿弥は自分自身の追及してきたものを曲げることをせず、死ぬまで自身の能についての考え方を磨き続けたということであり、そして、今、500年ほど経過して生き残っている能の大半は、当時流行したものではなく、世阿弥が作ってきたものであり、そうしたものが相伝というかたちで残ったという事実です。美しいもの、洗練されたものというのは、その時に評価されなくても、最後に、淘汰されて生き残ることの凄まじさを感じました。無論、世阿弥が当時、どのような思いで活動をしていたのかは知る術などありませんが、執念というか、むしろ固執じゃないかという気がしますが、そういう情熱で物事に取り組むことの息の長さ、みたいなものを感じました。自分が正しいと思うことをすること、他人の評価なんて気にしちゃいけないんだなと思いました。

 

 

 斎藤真理子『韓国文学の中心にあるもの』

 なんか検索したら、これ増補新版出るんですね。韓国文学の多くを翻訳している著者による、韓国文学と歴史についての洞察が書かれている本。韓国の文化であったり、日本でも放送されたような事件、出来事であったりが、文学に影響を与えないわけなどないのであって、そうしたものに対してどのように韓国文学が応答して来たのか、また、韓国人たちがどのように反応したのかといったことを記載してくれているので、朝鮮の現代史に詳しくなくても、韓国文学に詳しくなくても理解することができるよう、丁寧に書かれているのが印象に残っています。

 

 

 オライリー、タッシュマン『両利きの経営』

 クリステンセン『イノベーションのジレンマ』を深化させ、イノベーションのための研究開発に投資しつつ、既存の事業をより大きく展開するための投資をするという、2つのものに投資をし続けましょうという経営本。これを読むと、今、あらゆる大企業が生成AI関連に死ぬほどの投資をしているのも、この技術が破壊的イノベーションになるということを確信しており、これに乗り遅れるということが、それこそイノベーションのジレンマに陥ってしまうという危機感なのでしょうけど、これってチキンレースになってないですか?という気持ちになっているのですが、もうこれは止められない流れなのだろうなあという気持ちになりながら、時事ネタを追うことができるようになったので、良い本だと思います。

 また、大企業になると、新規事業の成長率が高くても、全体の売上や利益から見れば小さいものなので、注目されなかったり、早々に切られたり、あるいはそもそも新規事業を始めることができないというようなことにもなります。この本では売上が将来的に1億ドル規模になるかというのが一つの基準になっているように感じましたが、そういうものに対して積極的に投資すること、そしてそれができる環境を整えること(意思決定を大企業側に握らせずに、新規事業のチームでできるようにするとか)が大事など、社内ベンチャー的なことをやる人なんかには気持ちの良い内容だろうなと思いました。

 

 

 ジャン・クロード・エレナ『香水』

 世界的に有名である、名調香師の著作。香水という商品が、どのような化学物質を利用して生まれ、製造され、マーケティング等を通じて販売されるか、ビジネスとして成り立っているかということが分かりやすく記載されています。これはビジネス、業界においての共通言語というのが、香水、調香師の間にもあって、調香するための嗅覚というものも訓練を通して身に付けることができるという点に驚きました。同じ化合物でも何製の容器で行われたかも分かるようになるらしい、マジ?

 名調香師の本とはいえ、そういうビジネスライクな紹介が本書の大半を占めているのですが、それでも、量としてはほんのわずかにはなるのですが、著者が香水を作るときに意識することは、記憶、思い出を呼び覚ますような匂いを探し求めるということ(さんざん化学物質の話で、これとこれを混ぜるとこういう匂いになる、みたいなことを説明しているにも関わらず)をあげていて、著者の調香師としての美学、こだわりみたいなものも書かれていて、そういうところが個人的には強く印象に残っています。香水が好きな人にはおすすめだと思うし、そもそも香水が好きな人であれば著者の名前を知らない人などいないでしょうしね。

 

 

 

 山本浄邦『K-POP現代史』

 これはファンブック的な位置づけだと私個人は思っているのですが(学術的ではないという意味で)それでも、K-POPの入り口、教科書として最初に読むのであれば、今ならこの本が一番良いのではないかと思っています。とはいっても、私はまだK-POPを聞き始めて1年程度のぺーぺーも良いところですが。何より、K-POP以前の大衆音楽に触れていたり、K-POP以外の韓国のポップスに触れていたり、最初期のK-POPにもしっかり触れていたりと、内容が網羅的だと思い、取っ掛かりには非常に良いのではないかという気持ちがあります。

 結局、今のK-POPを真面目に網羅的に追うとなると、多くの事務所、細分化されたジャンルなど、それだけで一苦労してしまうのですが、そういったものの根本には、どのような歴史的、文化的ダイナミクスがあったのかということは知っておいた方がいいだろうし、結局、今の大手事務所というものは、そういった歴史から切り離して話すことができないんですよね。そういうところを抑えられるのが本書だと思うので、とても良いです。

 

 

 これぐらいにしておきましょうかね。では、ごきげんよう