私の職務経歴について(4)会計事務所編

前回までのあらすじ

好きを仕事にというキャッチフレーズがある一方で、趣味を仕事にするの趣味が嫌いになる可能性があるからよくないということもまま言われます。私の場合、アルバイトの経験を通じて感じたことは後者を選択する、音楽や本については仕事にはせず趣味とすることでした。では、嫌になっても続けられること(もちろん極力嫌にならなそうなもの)、それでいてツブシがきく業種や職種はないか、フリーター時代の私はそれを考えていました。

 

本題

私の過去の話になりますが、私は小学生から中学生の間、算盤教室に通っていました。加減算であれば4桁、乗算であれば4桁×3桁、除算であれば7桁÷4桁くらいは暗算でできて、コンビニでの買い物では友人に重宝されたものです。大会では単独優勝をすることはできませんでしたが(同年代で自分よりできる人が都内で3人いた)単独では大会準優勝(なんか算盤の新聞みたいなのに載ったことがあります)、ペア競技(2人の合計点で争う)では優勝をしたことがあります。また、高校時代に簿記を習っていたこともあり、四則演算に苦手意識はなかったり、仕訳の貸借が一致するところが分かりやすくて結構好きでした。あらゆる会社において、経理は必ずいる(外注するところもありますが)ものだと思い、私は簿記の勉強をしながら会計事務所に勤めようと思うようになりました。

アルバイトの期間が終わったら、ハロワの日商簿記の勉強コースに応募を出して見事に落ち、自分で勉強しながら、会計事務所の面接を受けることにしました。ハロワの求人だったのですが、これは本当に意味不明ではありますが、私は最初に受けた会計事務所の面接で受かってしまったのです。基本的に会計事務所に入るのであれば、大学時代に科目含め合格して、四大監査法人に入るとか、小さい事務所の面接をひたすらやるというものが一般的なのですが(それを私は後に知ることになります)ハロワは落ちたけど事務所受かったので、なんだ余裕じゃんと思った記憶があります。これは本当に運でした。このブログを読んで会計事務所に入ろうと思う人がいるかは分かりませんが、実際問題として、基本的にボロクソ面接に落とされると思ってください。

さて、私の勤務初日が来るわけですが、私が事務所に入って最初に目にしたものは山のように積まれた段ボールでした。荷札と見ると会計の証憑で、送り主は×××××××でした。会計事務所だから×××××××とのやり取りもあるのだなあ、もしかすると物凄いところに来てしまって、求められている技量がめちゃくちゃ高いんじゃないかと思いましたが、後になって分かったことは、個人の会計事務所は基本的に×××××××とのやり取りなど発生しないということでした。当たり前だ。そして事務所で本当に軽く自己紹介を終えて、自分のパソコンを教えてもらったのですが、自分のパソコンはインターネットに接続されていなくて、顧客とのメールのコミュニケーションはそれ用のPCが用意されていて、随分特殊な環境だなと思いました。事務所の先生がインターネットに接続されてると所員が遊んで仕事をしないと思っている(マジ?)からなんだよねーと先輩は言ってました。そんなに暇な仕事なのかと思いましたが、実際には、まあ、大変です。で、私の最初の仕事はソフトからプリントアウトした給与支払報告書と支払調書を提出先にひたすら仕分けるという作業でした。そういう時期に入ったので、最初の1週間くらいはPCを一切触らずそれをひたすら仕分けて、まとめるみたいなことばかりしていました。

で、勤務して2,3日くらいしたときに税務申告書に三文判押して出しておいてと言われたのですが(でも、その申告書には本人がサインしてたので押印する必要はそもそもなかった)極度の緊張のあまり、判子を間違えて押してしまい、先生にはちゃめちゃ怒られました。多分、仕事ではちゃめちゃ怒られたのは後にも先にもこの時だけだと思います。いや、まあ、ほんと、氏名を確認して、それ通りの判子を押せば良かっただけなのに、初めての作業ってなると本当に頭が混乱して意味不明な行動をとってしまうことってありますよね、右と左の数字が合っているか確認すればいいだけなのに見間違えるとか。

で、私の勤めていた事務所では、所員が顧客のことを基本的にほぼすべて一人で対応するというかたちを取っていました。なので、1週間ほど経ったのち、私は先生と一緒に顧客のところへ行って、初めて自分の名刺を渡しました。今でも覚えていますが、本当におぼつかなくて、先生から多分初めて名刺のやり取りをさせていただいたと思いますと紹介されて、顧客も、あ~初めてなんですね、分かりましたみたいな反応をされました。この顧客は私が担当している間に事業が立ち行かなくなり、全く別の事業をやり始めた結果、詐欺にあって休眠することになりました。事務所に戻ったら、顧客からもらった通帳や領収書を見ながら、先輩社員に教えてもらいながら、過去の仕訳等を振り返りながら記帳するということになりました。

最初の1か月位で5社程度(今後、社という記載をしても、個人事業主も法人も同じように社としてカウントします)、半年くらいで20社くらい担当することになりました。この20社は、全て自分で会計システムに記帳し、試算表を作り、顧客のもとへ行き、内容について説明する、先方から疑問があれば答える、その場で答えられなければ自分で調べて先輩社員に聞いたり調べたりして、先方へ報告するみたいなことを毎月繰り返していきます。20社ですから、毎日1社訪問って感じですが、訪問はなるべく3つくらいを同じ日にまとめて、訪問日と作業日を分けるっていうのが私の周りの所員もしてました。遠い顧客になると、1日1、2件とかになってしまうのですが。

半年もすると、法人の会社の中には決算を迎えるところがあります。初めての決算作業は本当に辛かったです、はっきりいって何も分かりませんでした。だいたい3~5年分くらいの過去の仕訳を見て、自分がもらってる書類とかと突合して、抜けがあるないとか確認をして決算を締める、で、決算を締めたら税務申告書のたたき台を作って、先生に報告するって感じなのですが、まあ、最初の頃は会計処理の全体像のイメージが出来てなくて、何を確認したらいいかがよく分からなかったこと、さらには税務申告書なんて初めて見るものだから、どこにどんな数字が入っていて、今期の情報はどこにどのように入れるのか、要は別表調整とかが全く分かりませんでした。先輩に説明されてもぶっちゃけよく分からなかった。これはやばいなということで、過去の税務申告書を数期分見て、仕訳内容と付け合わせて、ここがどうなってるみたいなことを自分で勉強するようになったのは良かったことだなと思います。今でもこういう、自分で情報をキャッチするっていうのはある程度習慣になっています。でも、最近はちょっとできてないかな、業務が変わってきたっていうのもあるから。で、決算する→申告書のたたき台作る→先輩に見てもらう→先生に見てもらうみたいな作業があるので、税務申告は期末から2か月猶予がありますが、例えば、9月の書類は10月にならないともらえず、11月にはすべての処理過不足なく終えて、先方のサインが必要になる(し、先方は場合によっては納付をしなくてはならないため、おおよその金額感は事前に説明した方が良い)、かなりスケジュール管理がタイトでした、先方から本来もらうべき書類が漏れてるのがギリギリで気づくと最悪です。私は同じ決算月の会社は3社くらいが限界でした。個人事業主は別だけど。

なんとなく面白いなと今思うことは、結構、現金主義でF/Sを見たいという方が多かったところですね、自分の感覚としてお金の動きがP/L的に感じる人が多いらしくほとんどは現金主義でむしろやって欲しいって感じでした。でも、私が担当した中では3社くらいは発生主義でやってくださいって言われました。

1年くらいそんな感じでやってると、年末調整とかいう地獄がありました。まず、社員の書類を会社の人が集めてくれない。じゃあ、お前、自分で確定申告しろよ!という気持ちになるのですが、いや、もらわないと従業員の方が大変なので~みたいなことを言うのですが、意に介せずという感じでございました。マジで。給与明細とかも、あ、ごめん、そういえばこの人、新しく雇ってたって新しい社員の住所とかもっと早く教えてくれよ~ソフトに入力するの大変なんだよ~とか、もうね、年末から3月終わるまで会計事務所(税理士)は地獄ですよ。残業残業and残業。でも、それで1年間を過ぎると、自分の中で、流れが分かって来て、2年目以降は結構余裕をもって、いや、余裕はなかったな、やっぱり会社の人がね、ちゃんと全部書類を揃えてポンと出してくれて、あ、今年はこれくらいなんだ、納付しておくね、とはいかないわけです。そういうときは、先生に相談して、この顧客がこういうことを言ってまして......といって先生に丸投げしてました。世の中の個人事業主は、預かり金として計上してる源泉所得税のことが全く頭に入ってないからね、毎月納付してる人には説明がまだしやすいけど、半年に1回の特例の場合は、マジでなんで払わなくちゃいけないの?って思ってるから。経費で計上してるけどキャッシュアウトしてねえからだよ!って言ってあげたい。(伝わらないこの思い)

一応この事務所には3年ちょっと勤めてたんですが、個人の確定申告が終わる3月で仕事を辞めることにしました。理由は、税務に関する知識(法人、所得、消費)はかなりついたと思ったのと、今度は会計の世界に足を踏み入れてステップアップしたいなという気持ちがありました。また、会計事務所の仕事はそれなりにやりがいを感じていましたが、給料が安いのと、自分の税理士や公認会計士の資格を受けるというモチベーションがなくなってしまい、内製化してる上場企業に入れれば自分の経験も生かせるし、会計の知識も身について良いなと思ったからです。

この事務所に勤めている間はいろいろありました。地震、××××によって消えた顧客(小説を書いている所員がいて(文学賞の候補になって編集がついてるっていってた)小説のネタにできますねみたいなことを言っていた)、先生の××××、詐欺にあった社長、経営が傾いて自殺した社長、自分が後輩社員に引き継いだ後に担当を戻して欲しいと相談してくれた社長(自分が必要とされている人材だと初めて感じることができて嬉しかった)、先生と喧嘩別れした顧客などなど。イレギュラーな経験として、医療法人やNPO法人の税務に携われたところですね。今ではさっぱり覚えていませんが。医療だと保険診療と自費診療があるとちょっと特殊な別表を噛ませたり、行政への手続きだったりっていうのがあって、輸出業者で消費税の還付の手続きが面倒だったり、NPO法人は営利と非営利で処理が違ってたりとか。でも、医療法人って結構経理まわりが外注してるだろうし、NPO法人は給料が安いし、輸出業者だと税関処理とか、その辺はあんまり興味がないなあと思っていました。

あと会計事務所って、初めて職場を体験したというか、先輩後輩社員という人間関係に出会って、根本的に仕事ができる人間とできない人間っているとか、モチベーションって人それぞれなんだなとか、得意不得意あるんだなとか、いろいろ思いました。

そういえば、余談ですが(ブログに余談もクソもあるのかって感じですが)私がそもそも面接に受かった理由ですが、先生からは聞いてないのですが、先輩から何聞かれた?って言われて、好きな政治家です、高橋是清って答えましたって言ったら、あー、昔の政治家だといいね、先生は右翼みたいな人だから最近の政治家のことはみんな左翼って思ってるんだよって言われて(やばいところに来ちゃったな~)と思いました。でもそのことを教えてくれた先輩社員はネトウヨでした。楽しいね。後輩社員から、あの先輩社員ネトウヨみたいでマジ無理ですって相談されたことがある、私には何もできなかったけど。

まあ、そんなわけで、私は会計事務所で経理や税務についての経験をたくさん積むことができて、ステップアップとして会計の経験を積むために上場企業の面接を開始するわけです。

 

次回、上場企業編、お楽しみに!では、ごきげんよう